冬が来る前に

  自分の言葉が虚ろに感じるようになってきた。お気に入りの書物から引用。

■ディック・フランシス「血統」(早川書房
ニューヨークにかぎらず、どこでも寒いより暑い方がいい。寒さは骨の髄まにまでしみこんで心を凍らせ、意志力を奪ってしまう。冬に向かう頃絶望感が深まると、雪とともに敗北がやってくる。

アーサー・C・クラーク「海底牧場」(早川書房
フランクリンは聞えないらしく、なおも抑えようもなく身をふるわせ、なおもかたくなに木にしがみついていた。男が、恥も見栄もかなぐりすてて、浅ましいほどに、ただただ恐怖に身をゆだねいている姿は、哀れなものだった。

志水辰夫「飢えて狼」(講談社
彼は一度も涙を見せなかった。おどおどしているわけではなく、悲しみをどう表現すればいいのかとまどっている感じがした。きょう部屋でわたしと二人きりだったとき、ぽつんとこう言った。(中略)「あれはなんの鳥でしょうか」
  脈略のない彼の言葉に、わたしは少なからぬショックを受けた。風の出た湾岸を忙しく飛び回っている黒い鳥は、ただの鴉だったからだ。

(本稿以上)