煙酒と豊饒

  昨晩は、私としての精一杯の勇気をふり搾り、一所懸命に我が身の「けじめ」をつけた。一人、帰り道に、空を見上げた。少しだけ小さな星たちが輝いて見えた。

  強い酒を飲みたくなって、ウイスキーはあまり好きじゃないけど、バーに入り、ギッシリ詰まった酒棚をぼんやりと眺めながら、ショットグラスを嘗めた。しばらくして、落ち着いて周囲に眼を向けると、カウンターの端っこで、新入りの女性シェイカーさんが、グラスの磨き方について、先輩に厳しく教えられていた。「グラスは、縦からの力には強いが、横からの力には敏感だから、まずその特性を覚えなさい」。教わる女性は、真剣な目で頷いていた。先輩の視線も真剣だった。なんだか、素晴らしい光景を見たものだなあ、と私は思った。


  突然、孤独感に襲われた私は、ピックルスを頼み「煙っぽい酒を出してください」と頼んだ。サブ・バーテンらしき先ほどの男性が、「アードベッグ・テンなんかは如何でしょうか?」と尋ねる。私は、カッコつけてもしょうがないので、「実は、ウイスキーは素人なので、そちらを頂きます」と応えて、運ばれて来たそれを飲む。たしかに、いがらっぽく「煙が口に染みる」感じ。

  それを、機会に彼からウイスキーの薀蓄を聞きながら、頷いたり、質問したりする。通人からみたら、滑稽な俺の姿であったろう。何杯か、「煙酒」を飲んだところで、「あれ、そういえば、煙っぽい酒を飲むような気分ではなかったよな、やることをやったんだしさあ」と思い直して、飲みなれたマッカランを頼み、嘗めた。甘く豊饒な味で幸せな気分になった。

  帰り際、カウンターの端でバーテンと筋者風な人が、「亀田大毅も勝ったが、ボクシングもひどい物になったよなあ」と寂しげに話していた。私は、「見世物がはびこる時代になっちゃったんじゃないですかね?」と、声をかけて、店を出た。

(本稿以上)